むかし、むかし。わたしのくらし

いなか×わたし=40010

みんなひとつ と 許すということ

 

はじめに。

この記事はあまり心地のよいことは書いていないので

そんな気持ちになりたくないひとは読まないでください。

 

ただ、わたしの心のなかの苦しいことも記録して

それがこの先どう変わっていけたか、どうよりしあわせに

なったかを書き留めたいので書きます。

 

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今日 きぬこさんのお家まで、自転車で山を下り遊びに行った。

2月の頭、同じように自転車で出かけたのやけれど、

しんどくて疲労が大きかった。

今日は山や森、川の音、風を感じようって心で小さく決めた。

そうしたらしんどいけれど、苦痛がなかった。

山とか木と話をした。(と思う)

 

わたしはこの一部で、この森も山も川もわたしの一部。

みんなひとつなんやな〜とエネルギーチャージできて、

しあわせな気持ちなった。

 

みんなひとつ。

でもやっぱり、このひとはひとつと思いたくない

そんな気持ちもあることは確かで。

その気持ちを持っている自分を悲しく思う。

 

きっと、わたしのなかにある何かが許せなくて、

それを映し出しているそのひとが許せない。

 

ということは、結局 みんなひとつ を裏付けている。

 

ただ、そこにある

価値判断も、嫌いも好きも何もない。

それができている木や川、山の心になりたい。

 

でもちょっと好きという感覚は持ってたいな。

それやと矛盾してしまうのだろうか。

 

答えが何もでない、そんな考えがうずうず渦巻いている。

 

いつかの滝での突然始まった浄化のように、

このすべてを愛せない心を浄化したい。

 

答えを求めずにも、クリーニング。

わたしにもできることがあるね。